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June 21, 2005

パブロフ君

思えば20世紀の初頭にイワン・パブロフ博士が行った条件付けの実験による研究は、この100年の間に「パブロフの犬」として誰もが知っている事柄になったのだなあと思う。ある意味、「社会常識」のひとつとも言えるかもしれない。

先日読んでいた小林光恵の『ナースをねらえ!』というエッセイに「ナースコールの音」という題でこのような文章があった。ある病棟で、ナースコールの音がベートーベンの「エリーザのために」だったそうで、最初は筆者も落ち着いた穏やかさを感じていたそうだ。ところが、何ヶ月が仕事をしているうちに、今度は「エリーザのために」のメロディを聴くと逆に胸騒ぎやいやな予感がするようになったらしい。そこでひとこと、言ったそうだ。

「先輩、ナースコール、ずっとエリーゼのためになんですか?」
「当分はそうでしょ」
「私、エリーゼにためにって曲、好きじゃなくなりそうです。先輩はそうなりません?何年もこのナースコール聴いていて」
「別に。ブザーと同じ、ただのサインでしょ。嫌いも好きもないわよ」
「でも、もっと定期的にメロディを変えたほうが精神衛生にいいような気もして」
「なにに替えてほしいのよ」
「いえ、それは」
「なによ、自分で言い出したんだから、ちゃんと言いなさいよ」
「たとえば植木等のスーダラ節とか運動会で使う行進曲とか」
「ばか!なにふざけたこと言ってんのよ」
たしかに、ナースコールのメロディがスーダラ節だったりしたら、「このたいへんなときに、スラスラスイスイスイじゃないでしょう」と、受話器に当り散らすはめになったかもしれないし、大好きなスーダラ節を嫌いになってしまうかもしれません。それで、やっぱりスーダラ節なんて絶対だめ、という結論にいたりました。

シグナルが人に及ぼす影響と、音楽として聴くか記号として聴いているかという部分でも興味深い話である。

ちなみに私は中学の頃、給食時間に必ず「ミセス・ロビンソン」が流れていたので、今でもその曲を聴くと、なぜかコッペパンとかカレーウドンが目にうかぶ(苦笑)。


ナースをねらえ!
ナースをねらえ!

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Comments

わたくしは電話の保留音のせいで、
ただでさえ好きでなかったMemoryが
大嫌いになってしまいました(藁)。

いえ、苦手な取引先のとこの
電話がそうだったもんで。
待たされた後、大概、
鬱陶しいこと言われるもので……。

Posted by: acoyo | June 22, 2005 at 23:53

>あこさま

「Memory」って「追憶」でしたっけ?「愛のメモリー」じゃないですよね(^^;。保留音って、待たされると繰り返し聴かさせるので、妙に気になります(笑)。最近はまれに普通の音楽を聴かせるところもありますが、電子音も多いですよね。

Posted by: サンタパパ | June 24, 2005 at 19:55

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